ゆと里スペース

いなくなってしまった仲間のことも思い出せるように。

これからはトランスの話を

 この記事は、周司あきらさんによる『トランスジェンダー問題』の書評記事を紹介するためのものです。あきらさんの記事が掲載されているのは「じんぶん堂:powered by 好書好日」、文章のタイトルは「「トランスジェンダー問題」は、シスジェンダー問題である」です。

 以下のリンクから読めます。

book.asahi.com

 ちなみにわたしは『トランスジェンダー問題』の訳者ですが、こうした「書評の書評」的な文章は2本目になります。1本目は三木那由他さんのこちら。

yutorispace.hatenablog.com

 こうして文章を書いているのは、良い書籍に与えられた良い書評を記録するため、そしてまだ『トランスジェンダー問題』をお読みでない方に、本書の”読みかた”の一例を知ってもらうためです。

 

1.あきらさんの文章

 そうは言ったものの、あきらさんの文章は短くきれいにまとまっているので、文章そのものを読んでいただくのが一番よいと思います。

 ただ、わたしはここに、あきらさんの書籍紹介がきれいにまとまっているという、その事実を記録しておきたいと思います。日本語で400ページを超す著作の内容を、各章ごとのポイントだけでなく、書籍全体のスタンスまで含めて短い紙幅で伝えるのは容易ではありません。やはり、あきらさんは文章を書くひとだと思いました。

 わたしはあきらさんのブログを昔から好んで読んでいましたが、こうして色々な場所で文章が読めることを嬉しく思います。ちなみに、あきらさんは今すでに何冊も出版計画があるそうですから、今後も楽しみですね。

 

2.「トランスジェンダー問題」はシスジェンダー問題である

 さて、そのようにコンパクトにまとまっているように見えるあきらさんの文章ですが、実は甘えを許さない厳しい問いかけが、いくつも読者に投げかけられています。

 まずはタイトル。「トランスジェンダー問題はシスジェンダー問題である」。しかしこの表題は、慎重に読まれる必要があるでしょう。あきらさんは、「トランスジェンダーを苦しめている問題を作っているのはシスジェンダーなのだから、問題の解決責任はシスジェンダーにある」といった、単純な話をしてはいないからです。

 そう、三木さんの書評が「私たちトランスジェンダー」と「あなたたちシスジェンダー」というシンプルな対立構図によっては”問題”を理解していなかったように、あきらさんもまた、「問題を作っているのはシスなのだから、シスがどうにかしろ」とだけ書いているわけではありません。

 確かに、現在の世の中は圧倒的にシスジェンダー中心的にできています。だからこそ、人口のほんの1%にも満たない、わずかなわずかなトランスたちが、不当な目に遭い続けています。ですから、トランスたちを苦しめる「問題」が、シス中心的な社会構造に由来するというのは、全くその通りです。あきらさんも書いています。

 しかし、あきらさんが「トランスジェンダー問題はシスジェンダー問題」であるというタイトルに込めたパースペクティブは、それに尽きません。このタイトルの意味が語られる、記事の最終段落を引用しておきましょう。

本書では多岐にわたる「トランスジェンダー問題」が論じられている。読者は、トランスの人々が受ける不平等は、ほかのマイノリティ集団とよく似ていると気づくだろう。トランスの抱える問題は、トランスだけの課題ではない。もちろん、トランスの存在自体がトラブルとなっているわけでもない。そしてまた、問題を生み出したり仕組みを運用したりしている人の多くは、トランスではない、シスジェンダーの人々である。だから枠組みを変えるために、いっしょに考え、行動してほしい。原書とそっくりな赤い表紙が目印だ。

 この引用個所の「そしてまた」以降は、先ほど書いてきた話です。しかしそれ以前、段落冒頭で指摘されているのは、トランスの人々を苦しめる不平等が、他のマイノリティ集団をよく似ている、ということです。

 これは、フェイさんが『トランスジェンダー問題』で一貫して書いていることに他なりません。トランスジェンダーを苦しめている問題は、シスジェンダーを苦しめている問題と同根である。移民であったり、障害があったり、女性であったり、LGBであったり、セックスワーカーだったり…、世の中で「標準=デフォルト」でないとされてきた人たちが、不均衡にいろいろなものを剥奪されている現実があります。トランスジェンダーもそうした集団の1つですが、そうした多種多様なマイノリティから不当にいろいろなものを剥奪する差別には、共通の力学が確かに働いています。実際のところ私たちは、人種差別が優生思想によって正当化されていたり、クィアな人々が「病気・障害」のフレームで排除されてきた歴史をよく知っています。性差別の正当化のために引き合いに出され続ける「生物学的差異」が、結局はシス男性の身体を「標準」の地位に置き、女性たちの「保護=管理」を是認してきたことも、周知の通りです。

 だから、トランスジェンダーを苦しめている「問題」は、トランスジェンダー「だけ」を苦しめている問題ではありません。それは、シスジェンダーの人々のなかに分断を持ちこみ、シスジェンダー集団のなかに相対的な剥奪を生み出している、社会そのものの歪みと同じ根っこを持っています。あきらさんは次のように書いていました。

だから枠組みを変えるために、いっしょに考え、行動してほしい。

 一緒に行動してほしい。これは、シスジェンダーの問題でもあるのだから。

 シスジェンダーの中に不要なヒエラルキーを生み出し、抑圧と剥奪を存置し続けている、その同じ不正義が、他でもないトランスたちを苦しめているのだから。

 いまや「トランスジェンダー問題はシスジェンダー問題である」というタイトルに込められた重要なパースペクティブの1つは明らかでしょう。それは、単に「シスの側に責任がある」と語るだけでなく(もちろんそうした視点は絶対に必要です)、私たちがいっしょに考え、一緒に行動するための合言葉なのです。

 

3.トランス差別

 とはいえ、あきらさんはこの本が『トランスジェンダー問題』であることを決して忘れていません。この本は、トランスたちを苦しめる差別について、丁寧な調査に基づいて、目や耳を塞ぎたくなるくらいのリアリティをもって書いていきます。

 ところでしかし、「トランス差別」とはなんでしょう?

たとえば「オンライン上のトランス差別が激しいみたいだけど、どう対抗したらいい?」と熱心なあなた。ありがとう。けれどもトランスジェンダーにとって差別的でない時代なんて、そもそも無いにひとしい。トランスの人々は、シスの人々によって都合よく作られたこの世の中で、つねにすでに生活してきた。まずそんな現実がある。「昨今の」「ネット上に」だけトランスの人々が生息しているわけではないため、勝手に実情を矮小化してはならない。

「トランス差別」と聞いて、Twitterを思い浮かべたあなた。あなたは何も分かっていません。あきらさんもそう言っている通りです。私たちが生きる社会が、トランスにとって差別的でなかったことなどありません。トランスが生まれ、生きる社会はいつも、いつだってどこだって、シスジェンダーに都合よく作られてきたのですから。お茶の水大学が(たかだか戸籍に記載された「長女」や「長男」の続柄がマジョリティと違うだけの)トランス女性を受け入れると発表した2018年よりも前から、ずっと、ずっと、ずっと前から、世の中はずっとトランスにとって差別的でした。今もです。

 勝手に実情を矮小化してはいけません。「トランス差別」は2018年に始まったものでも、オンライン上のものでもありません。この社会全体に、空間的にも時間的にも深く深くはびこってきたものです。

 だから考えてください。「トランス差別に反対します」とハッシュタグをつけて、SNSに投稿する前に。あなたは、何に反対しているのですか?SNSのアカウント名や、イベントの壁紙にトランスフラッグを付けているあなた。あなたが「トランスアライ」になろうとするとき、あなたはどこを向いていますか?

 

4.これからはトランスの話を

 すべての元凶は、トランスの話が聞かれない世の中の仕組みです。だからこそ『トランスジェンダー問題』は書かれました。トランスを「問題」的な存在としてフレーミングする昨今のパニック言説に抗して、社会に深く根差すトランス差別の実態を明らかにするために、『トランスジェンダー問題』は書かれました。

 やっと、トランスジェンダーたちが「トランスジェンダー問題」について話す時間が来たのです。やっと、トランスたちが自分たちを苦しめる「問題」について話すターンがきたのです。世の中の99.9999%の本がシスジェンダーによって書かれ、シスジェンダーのために書かれているなかで、やっとこの本が出たのです。『トランスジェンダー問題』は、トランスの話が聞かれてこなかったという、そうした残酷な歴史と現在に立ち向かうための本なのです。

トランスジェンダー問題』はまさにそんな惨状をひっくり返すために、あえてこのタイトルを引き受けている本なのだ。いいじゃないか、ここからはトランスたちのしたい話、すべき話をしていこう。

 ここからは、トランスたちのしたい話、すべき話をしていこう。

 ひとりのトランス男性にこのように言わしめただけでも、わたしは『トランスジェンダー問題』を翻訳した甲斐があります。

 シスの人たちが手前勝手にトランスについて語るような環境は、もう終わりにしなければなりません。シスの人々が上から押し付けてくる「温情」や「助言」なんて、まっぴらごめんです。トランスたちの言葉をかすめとって、結局は自分の興味のあることを大声で話しつづける「トランスアライ」は、消え去るべきでしょう。

 ここからは、トランスたちのしたい話、すべき話をしていこう。もし、あなたがトランスではないのなら。あなたがこれからなすべきことは、なんですか?