ゆと里スペース

いなくなってしまった仲間のことも思い出せるように。

トランス差別の現状(2)全米大規模調査(①概要)

【前書き】

 トランスジェンダーの人たちが置かれている状況を理解するには、様々な方法があります。当事者によるエッセイや自伝を読んだり、ブログを読んだり、Youtubeで動画を検索したり、それ以外にもSNSを除いてみたり、トランスジェンダーの人たちが出てくる映画を観たり、ノンフィクションを読んだり、無数にあります。そんな中で、調査データを参照するというのも、大切な一つの手段です。
 概して、トランスジェンダーの抱える困難は個人化されがちです。「身体の違和感に悩んでいる」という違和の経験を通して、その存在が社会的に認知・可視化されてきた側面も歴史的にはあり、なかば仕方のないことかもしれません。しかし、ことトランスジェンダーに対する「差別」を理解しようとするなら、トランスの人たちが集団として置かれている状況を、幅広く理解する必要があります。
 日本には包括的差別禁止法が存在せず、LGBT理解増進法すら政権与党が制定をしぶっています。LGBTQ+の人びとに対する差別は、存在します。社会が、シスジェンダー異性愛の(健常な・日本人の・男性の…)人たち向けに、初めからデザインされているからです。当然、トランスジェンダーに対する差別も存在します。しかし、その「差別」の実態を理解するには、個々人の語りや、いくつかの特徴的な事例を知っているだけでは十分ではありません。だから昨年から、トランスジェンダーの人たちが集団として置かれている構造的な不正義・差別の現状を知るための手がかりとして、調査データの紹介を個人的に始めました。

 初回は、英国の学校調査を簡単に紹介しました。本当は詳細な項目解説についても紹介したいのですが、時間がなくてすみません。本当はこの記事ももっと早く書きたかったのですが…。

yutorispace.hatenablog.com

 2回目の今回は「全米トランスジェンダー平等センター(National Center for Transgender Equality:NCTE)」による、トランスジェンダーの人びとを対象とした大規模調査の結果を紹介します。NCTEは、トランスの人びとに対する差別と暴力の今月のために作られた、社会正義のための運動体です。トランスの平等を前進させるための政策的変革が喫緊に必要であるという認識のもと、トランスの活動家たちによって2003年に創られました。

transequality.org

  今回紹介するのは、2015年に実施され、2016年に公表された調査の報告書です。トランスジェンダーの人びとの自殺未遂経験率が4割に上る、約半数の人が性暴力被害者である、といった数字を皆さん見たことがあるかもしれませんが、それらの数字の元となっているデータの1つが、この調査です。

※報告書の文献情報は以下の通りです。James, S. E., Herman, J. L., Rankin, S., Keisling, M., Mottet, L., & Anafi, M. (2016). The Report of the 2015 U.S. Transgender Survey. Washington, DC: National Center for Transgender Equality.) オリジナルの報告書はここからダウンロードできます。

www.ustranssurvey.org

 ちなみに、つい最近もNCTEによる7年ぶりの調査が行われていましたが、今から紹介するような報告書が出るのは、おそらく来年だと思います。今回紹介する2015年の前回調査以降、USではトランスジェンダーに対する政治的迫害が急速に深刻化しているため、状況の変化が気になります。
 さて、上記の報告書ですが、300ページ以上あります。そのためこの記事では、報告書の冒頭の冒頭部分に位置する「エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary:とりあえずこれだけは読んで!の意味)」を抄訳することにしました。この部分は、「主たる結果(Key Findings)」よりもさらに大まかな調査報告の概要になりますが、これだけですでに4ページ分あります。


【調査について】

・最終的な回答者数は 27,715人。
・匿名のオンライン調査。
・調査対象年齢は18歳以上。
・教育、雇用、家族生活、健康、刑事司法制度との関りについて調査。
・仕事を探す、住居を探す、ヘルスケアにアクセスする、教育を受けるといった、生活のなかでも最も基本的な領域にはびこるトランスジェンダーへの差別の実態を明らかにすることを目的としています。

 それでは、各項目に沿ってサマリーをほぼ全訳していきます。

【虐待と暴力】
 生活のあらゆる領域で、高い確率でトランスジェンダーが虐待やハラスメント、暴力の被害に遭っていることが明らかになった。
 カミングアウトしているトランスジェンダーの10人に1人は、自分がトランスであるという理由で自分に対して暴力的である家族がいると回答している。8%はトランスジェンダーであることを理由に家を追い出されたことがある。
 学校でトランスジェンダーであるとカミングアウトしていた、あるいはトランスジェンダーであると周囲から見なされていた人の大多数は、何らかの虐待的扱いを経験していた。トランスジェンダーであることを理由とした、言葉によるハラスメント(54%)、身体的(物理的)な攻撃(24%)、性犯罪・性暴力(13%)などである。なお回答者の 17%は、深刻な虐待を受けたことが理由で最終的に退学している。
 調査前年に限っても、仕事を持っていた回答者の30%が、仕事の解雇、昇進の拒否、ジェンダーアイデンティティ(=性自認)やジェンダー表現を理由とした虐待などを経験していた。最後の虐待については、言葉によるハラスメント、身体的暴力だけでなく、職場での性暴力・性犯罪などもあった。調査前年に限っても、46%の回答者が、トランスジェンダーであることを理由として言葉でのハラスメントを受け、9%が物理的・身体的攻撃を受けている。調査前年に限っても回答者の10%が性暴力・性犯罪の被害に遭っていた。人生のいずれかの時点で性暴力・性犯罪の被害に遭った人は約半数(47%)に上る。

 

【貧困と住まい】
 USのトランスジェンダーは深刻な経済的苦境のなかにある。回答者の約3分の1(29%)の回答者が貧困を生きているが、これは US一般人口では12%である。貧困の主な理由は、15%にも上る失業率。同時期のUSの一般人口の失業率は5%のため、3倍ほどである。
 持ち家(homeownership)のある人も少なく、USの一般人口63%に比してたった16%である。10人に3人の回答者が、人生のどこかの時点でホームレス状態を経験していた。調査前年に限っても、12%の回答者が、自分がトランスジェンダーであることを理由にホームレス状態を経験している。

 

【身体の健康・メンタルヘルス
 調査回答の直近1カ月のあいだでも、39%の回答者が深刻な心理的苦痛を経験していた。これはUSの一般人口では5%であり、およそ8倍の高さである。
 40%の回答者に自殺未遂の経験があった。USの一般人口では4.6%。
 ヘルスケアを受ける際に、虐待的扱いを受ける確率も高い。調査前年でも3人に1人(33%)の回答者が、トランスジェンダーであることに関係した(性自認ジェンダー表現を理由とした)言葉でのハラスメントや治療拒否などの否定的扱いを医療関係者(=ヘルスケア提供者)から受けている。
 調査前年に限っても、4分の1近く(23%)の回答者が、トランスジェンダーであることを理由に虐待的扱いを受けることを恐れて、必要なはずの医療措置(health care)を受けないことを選択した。経済的な理由で、必要な医療機関に行けなかった人も33%いた。

 

【困難を加速させる要因】
 人種とエスニシティによる経験の違いも大きかった。
 有色(有色人種)のトランスジェンダーは、白人のトランスジェンダーよりもより深刻で広範にわたる差別を経験している。調査対象全体では、トランスジェンダー貧困率はUS一般人口(12%)の2倍だが、有色のトランスたちは、一般人口の3倍から4倍の高確率で貧困状態を生きている。ラティーノ/ラティーナ(Latino/a)43%、アメリカ先住民 (American Indian)41%、マルチレィシャル(multiracial)40%、ブラック(Black)38%、といった数字である。
 有色のトランスの失業率は20%に上る。これは一般人口の4倍。
 健康状態も深刻である。USの一般人口において、HIVと共に生きている人は0.3%だが、有色のトランスジェンダーでは5%に上る。中でもブラック(Black)の回答者が6.7%で特に高く、ブラックのトランスジェンダー女性に限れば、19%という驚くべき数字である。
 市民としての公的証明書のない回答者(undocumented respondents)も、顕著な困難を経験している。調査前年に限っても、約4人に1人(24%)が身体的・物理的暴力を受け、半数の回答者(50%)がホームレス状態を経験し、68%が親密なパートナーから暴力を受けていた。
 障害の有無も異なる経験をもたらす。障害のあるトランスジェンダーの回答者のうち、24%が失業状態にあり、45%が貧困状態のなかを生きている。障害のあるトランスジェンダーのうち、調査回答時点で深刻な心理的苦痛のうちにある回答者が59%おり、自殺未遂の経験のある人も54%いた。医療関係者から虐待的扱いを受けたことのある人も43%に上っていた。

 

【可視化と受容】
 深刻な差別や生活実態が明らかになった一方で、USにおけるトランスジェンダーの可視化と受容(acceptance)の増大によるポジティブな影響もいくらか見られた。その一例は、回答者数である。今回の調査の回答者数は約28,000人だが、これは08-09年調査の約4倍であった。自分たちの声を届けようとするトランスジェンダー当事者の意識の高まりがみられる。
 可視化の高まりは、トランスの男性や女性だけでなく、ノンバイナリーの人びとにも及んでいる。ノンバイナリーには、ジェンダーを持たない(having no gender)、男性でも女性でもないジェンダーである(a gender other than male or female)、1つ以上のジェンダーを有する(more than one gender)などの人びとが含まれる。ノンバイナリーの回答者が、今回の調査の3分の1を占めていた。トランスコミュニティの実態を適切に捉える必要がこれまで以上に増している。
 家族や同僚、同級生などからの受容(acceptance)も増していること分かった。直近の家族にカムアウトしているトランスジェンダーの半数以上(60%)には、トランスジェンダーとしての自分にサポーティブな家族がいる。同僚たちにカムアウトしている回答者の3分の2近く(68%)は、同僚たちがサポーティブであると回答。クラスメイトにカムアウトしている学生の半数以上(56%)は、クラスメイトたちはトランスジェンダーとしての自分をサポートしてくれていると回答している。

 

【まとめ】
 調査からは、トランスの人びとが経験している日々の困難や障壁が明らかになった。トランスの人びとには乗り越えなければならない困難があり、生き延びるためには簡単ではないシステムをどうにかやりくりしなければならない。インクルーシブな社会のなかで、トランスの人びとが満ち足りた生活を送れるようにするためには、公的機関も私的期間も、こうした困難に対処しなければならない。
 そうした対処には、高すぎず、かつ良質な医療を受けるにあたっての障壁をなくすこと、学校や職場、あるいはその他の公的領域での差別を終わらせること、国家や州のレベルで、トランスの人びとのニーズを満たし、困難を減らすための支援体制を作ること等がある。自殺未遂や貧困、失業、暴力被害などの比率の高さは、すぐでも行動を起こす必要性を訴えている。それらをなくすことが絶対に必要。
 2015年までの数年で政策的取組は前進したが、トランスの人びとが差別や暴力のない世界を生きられるようにするには、もっと多くの取り組みが必要であることが明白である。

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 報告書の紹介は以上です。
 余裕があれば、これから「主たる結果(Key Findings)」の方も順に紹介していければと思いますが、もしかしたら欧州の方の大規模調査の結果を先に紹介するかもしれません。この記事が何かの役に立つことを願っています。