女性差別撤廃委員会からの勧告を承けて日本政府に望むこと ~トランスジェンダーの権利に関して~
2025年2月26日、参議院議員議員会館で開催された院外勉強会でのスピーチ原稿を、散逸を防ぐ目的でここに記します。

当日の勉強会の情報は以下をご参照ください。
以下、事前に用意した原稿のコピーですが、当日はこの原稿を記憶したうえで、会場の様子と発言時間を見ながらスピーチを行ったため、この通りの発言でなかったことは申し添えます。
(自己紹介)
こんばんは。群馬大学で倫理学を研究している高井ゆと里です。わたしは昨年、トランスジェンダーの情報発信団体であるTネットさんと共同で、このSRHR市民社会レポートチームに加わりました。現在も、Tネットではアドバイザーを務めています。 今日はLGBTの人権という点から、すこしお話しをさせてください。
(勧告より論点抜粋)
昨年の女性差別撤廃委員会からの勧告のうち、LGBTの人びとに直接に関わるのは、以下の3つです。
(1)同性婚を法制化すること
(2)アイヌや部落の女性、障害女性やレズビアン女性など、マイノリティ女性の経験する交差的(こうさてき)な差別をなくすこと
(3)性同一性障害特例法から、手術を求める要件を削除すること。そして、その要件のせいで不妊化手術を受けざるを得なかったトランスジェンダーの人に対して、補償をふくむ被害回復をおこなうこと
(SRHRの問題として)
これらの勧告は、いずれもSRHRに関わるものです。SRHRは、個人が、誰とどんな風に家族を作るか・作らないかという結婚の自由と深い結びつきを持ちますし、複合差別の視点を無視することもできません。外国人であったり、性的マイノリティであったりすることが理由で、中絶措置や緊急避妊薬などのヘルスケアにアクセスできない人たちがいるのだとしたら、それは解消されるべきでしょう。
性同一性障害特例法については、言うまでもありません。日本の特例法は、戸籍上の性別の登録を変えるトランスジェンダーの人びとに対して、20年以上にわたって不妊のための手術を要求してきました。「あなたたちは子どもを産んでは行けない」「望まない手術だとしても、手術をして、卵巣や精巣、そして外性器を除去しろ」と、法律で命じてきたのです。
(被害の回復)
最後の特例法について、補足させてください。性同一性障害特例法は、かつて「性同一性障害者」と呼ばれていたトランスジェンダーの人々が、戸籍上の性別を変更できるようにしています。生まれたときに指定した性別を生きることができない人々は、古今東西存在してきました。そうした人のなかには、生きていく性別をすっかり「男性から女性へ」もしくは「女性から男性へ」とシフトさせていく人たちがいます。
そうした人たちは、女性として生きているのに戸籍が男性とか、男性として生きているのに戸籍が女性とか、そうした矛盾を抱えて生きざるを得ず、そのせいでプライバシーを奪われたり、病院や職場で差別を受けたりすることがあります。また、そのようなトランスの人が通っている学校や会社は、その人の戸籍の性別を重大な秘密として守らなければならず、大きな負担を背負います。だからこそ、性別を移行したトランスの人について、特例法は性別を訂正できるようにしているのです。
特例法は、トランスの人たちが社会と「つながる」ことを可能にしました。トランスの人たちがずっと戸籍の情報を背負わされて、差別を受け続けることが無いように。社会と「つながる」ためにできた法律でした。
しかし特例法は、依然としてトランスの人たちを「切り離す」法律でもありました。特例法は当事者に対して不妊の手術を一律に課し、そのことによって、トランスの人たちを「二級市民」の地位に置き続けてきました。あなたたちが子どもを産むと、社会が混乱する。子どもが不幸になる。そんな風に、特例法はトランスの人たちの性と生殖の権利を奪い、社会から切り離してきたのです。
今回の女性差別撤廃委員会からの勧告が求めているのは、そうして切り離されてしまった社会との結びつきを、ふたたび回復させることです。
トランスの人たちの身体は元には戻りません。手術のために必死にアルバイトをした時間も、元には戻りません。しかし、トランスの人たちを「二級市民」として切り離してきた社会が、その「つながり」を回復することはできる。
勧告において、委員会は「reperation」と言っています。repairとは、修復するということです。修復しなければならないのは、この社会と、トランスの人の間に作りだされた「傷」です。トランスの人たちのSRHRをないがしろにすることで傷つけられた「関係」や「つながり」が、修復されなければならないのです。
そうだとしたら、そのための手段は金銭的な賠償に限られません。これまでトランスの人たちに負担を負わせてきたこと、法によって人権を侵害し、差別してきたこと。その過去を真摯に振り返り、本当の意味でトランスの人たちが排除されない社会を作ること。それが勧告が求めていることだとわたしは理解しています。
(政治が分断を生む時代に)
しかし、時代はそれとは逆方向に進んでいるように見えます。
先日就任したアメリカのトランプ大統領は、トランスジェンダーの存在そのものを否定すると宣言しました。先ほども述べたように、トランスジェンダーやそれに該当する人たちは、いつの時代も、どの地域にも存在してきました。当然アメリカにも日本にもいます。ですから、大統領が「認めない」と言ったところで、存在を否定することなど誰にもできません。しかし、その影響は大きい。いまアメリカは、巨大な分断の渦中にあり、その敵対的な雰囲気は、海をわたって日本にも影響を及ぼしています。
こんな時代だからこそ、必要なことはなんでしょうか。
それは、平和を作りだすことです。
日本社会にも、さまざまな意見の人がいて当然です。政治家にも、さまざまな考えの方がいてしかるべきだと思います。それでも、1つ皆さんと共有したい、共有できることがあるとわたしは信じています。
それは、望ましいのは、争いよりも平和であるということです。
トランスの人たちも、求めているのは平和です。損なわれてきた社会とのつながりを修復すること。憲法違反の法律によって「二級市民」として社会から切断されてきた当事者たちが、ふたたび社会と繋がりなおすこと。それは、ほかでもない平和を作りだす作業です。
だからこそ、わたしが日本政府に期待するのは、その平和を作りだす作業をためらいなく進めて欲しいということです。トランスジェンダーの存在について、理解が浸透していない面があるのも事実です。わたしも本を何冊も書いたり、無数の取材に応えたりしてきました。それでも、まだまだ働きが足りないのは自覚しています。
しかし、争いを望む人たちによって、トランスジェンダーが争いの「火種(ひだね)」にされるのは耐えられない。ありもしない極論を持ち出して、トランスの人たちの人権回復が社会に混乱と暴力を生み出すかのような言説に政策がゆがめられるのは耐えられない。
昨年の女性差別撤廃委員会からの勧告によって、私たちは平和を作りだすための強い後押しを受けました。損なわれてきた関係を修復するために、日本政府にはより一層、トランスジェンダー、そしてLGBTの権利を守るための取組を進めていただきたいと願います。
(終わり)