ゆと里スペース

いなくなってしまった仲間のことも思い出せるように。

トランス差別の現状(1)英国学校調査

【前がき】

 これから「トランス差別の現状」という題で、海外の調査結果などをいくつか紹介していきます。それらの調査結果はインターネットで誰でもアクセスできますが、英語で書かれているため、日本語圏の皆さんに少しでも内容を紹介したいというのが目的です。また、昨今「トランス差別」としてSNS上での言葉による侮辱を真っ先に思い浮かべる人が多いことにも、やや問題意識を持っています。もちろんそうした侮辱は許されるものではなく、とりわけマイノリティとしてのトランス当事者たちがSNSを安全に使えない環境はたいへん深刻な問題です。しかし、差別はSNSだけにあるものではありません。差別は社会の中にあり、制度や法律という形ととってマイノリティ集団から利益を奪い、メディアや教育、日々のコミュニケーションを通じて、人々のなかにその集団を軽んじてもよいという意識を植え付け、それが具体的な差別行為へと繋がっています。それらがマイノリティ当事者を苦しめる具体的な現れかたは、就労や教育の現場での虐待、警察からの暴力、住居の拒否や喪失、貧困、メンタルヘルスの悪化など、多岐にわたります。そのため、これから紹介していく調査データから、トランスの人々が置かれている差別の環境が総体的に理解されるようになることを願っています。

【この調査について】

 この記事で紹介するのは、英国の慈善団体ストーンウォール(Stonewall)が2017年に公開した「学校調査報告(School Report)」です。調査が行われたのは2016年の11月から2017年の2月まで。11-19歳までのLGBTの若者3,713人が調査に回答しました。そして調査は、LGBTの児童生徒が学校で/学校に関してどのような経験をしているのか/してきたのか、ということに焦点を当てたものです。

 調査はオンラインで実施されたため、その点について結果に偏りが生まれることについては注意が必要でしょう(――よく知られているのはオンライン調査では学歴が実態よりも高くなる傾向があることです――)が、同種の調査としては過去最大規模のものとして、この調査は世間の広い注目を集めました。とりわけ、2015年にストーンウォールがトランスジェンダーの権利擁護のために積極的に行動することを決めた直後の調査だったため、トランスの若者たちの状況を知るための情報源として、現在でもこの調査報告は活発に参照されています。

 以下では、LGBTの若者を対象としたこの調査の報告書から、トランス(T)に関わる結果のみを重点的に析出して、日本語で紹介していきます。調査報告の原本を参照したい場合は、以下のリンクから取得できます。

www.stonewall.org.uk

【調査結果の紹介】

 これから紹介するのは報告書に記載されたデータのうち、主要項目(key findings)およびいくつかの抜粋になります。また、これは11-19歳の回答者がそれまでの学校での経験について回答した調査のため、以下では回答者を「LGBTの子ども」や「トランスの子ども」という言葉で指すことにします。実際には「若者」と呼ぶべき年齢の人も回答者には含まれていますが、ご容赦ください。

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【いじめ】

 調査に回答したトランスの子どもの約半数(51%)が、トランスジェンダーであることを理由に学校でいじめられたことがありました。ただし、トランスの子どもは(ゲイやレズビアンなど)同性愛者と見なされて、それを理由にいじめを受けることもあります。そうした理由でいじめられた経験も合わせると、実にトランスの子どもの64%に、いじめの経験がありました。なお、こうしたいじめを経験した人の割合は、LGBT全体でも45%に上ります。

 以下、いじめを受けた場所についてのデータです。

*体育でのいじめ:LGBT全体の14%が経験。トランスに限ると29%が経験。
*更衣室でのいじめ:LGBT全体では19%、トランスに限ると25%。
*トイレでのいじめ:LGBT全体では10%、トランスに限ると20%。

 トランスの回答者の46%が、学校でトランスフォビックな言葉づかいを「頻繁に」あるいは「よく」耳にしています。また10人に1人のトランス(9%)が、学校で「殺す」と脅されたことがあります。いじめを受けたLGBTの子どものうち45%は、そのことを誰にも相談できませんでした。

 いじめられても誰にも言わない子どもが多いのは、虐められている事実が恥ずかしいことに加えて、自分の性的指向やトランスアイデンティティを他者に開示しなければならないからです。それは子どもたちにとって難しい経験になります。実際、アウティングを恐れていじめ被害を他者に相談できなかった子どもは59%に上りました。

 

【いじめの確率を上げる要因】
 いじめの経験とジェンダーの関係を見ると、次のようになります。LGBTの女子でいじめを経験したことがある人は35%でした。これはLGBTの男子では57%に上昇します。更に悪いことに、ノンバイナリーの子どもの57%にいじめの経験がありました。いずれも、自身がLGBTであることを理由とした学校でのいじめです。
 さらに、性のマイノリティであることに加えて障害がある、あるいは低所得者層の家庭の子どものための給食支援を受けているなどすると、いじめの確率は飛躍的に上がります(※障害では43→60%、給食支援だと44→57%)。

 

【教師からのサポート】

 これだけ虐めがあるにも拘らず、68%の回答者は、教師は学校で聞かれるホモフォビック・トランスフォビックな発言に対してほとんどなんの介入もしない、あるいは何も介入しないと答えています。また40%の回答者は、学校でLGBTについて全く教えられたことがなく、77%の回答者は、学校で一度もジェンダーアイデンティティトランスジェンダーの意味を教えられた経験がありませんでした。

 

【学校生活】
 3人に1人のトランスの子どもが、学校で自分の名前を使うことを許されず、58%のトランスの子どもは、快適なトイレを使うことができていませんでした。(ここで※confortableなトイレを使えないというのは、多くの場合、自分にとって危険を感じたり、著しく不愉快なトイレを使うよう強制されているということを意味します)

 44%のトランスの子どもは、学校のスタッフはそもそもトランスジェンダーという言葉の意味を知らないと回答しています。とはいえ61%の子どもは、学校のスタッフに自分がトランスであることを伝えています。しかし、そうして伝えたとしても、トランスの子どもの願いが聞かれることは少なく、自分の願いを尊重してくれたと回答したのはわずか19%でした。適切な団体の情報などについてアドバイスをくれるスタッフも、学校にはあまりいません。
 トランスの子どもの58%が快適なトイレを使えず、67%が快適な更衣室を使えていませんでした。64%が快適なスポーツチームに属しておらず、33%は望む名前を学校で使うことができず、20%ジェンダーアイデンティティに適合的な制服を着ることも許されていませんでした。

 

【幸福とメンタルヘルス

 LGBTであることを理由にいじめられた子どもの40%には、いじめが理由で学校を休んだことがありました。また、回答したトランスの子どもの84%自傷経験がありました。この数字はLGBでは61%です。さらに、45%のトランスの子どもに自殺未遂の経験がありました。同じ数字はLGBでは22%ですから、トランスの子どもたちがとくに困難な状況に置かれていることが分かります。
 回答者のほぼ全員が、インターネットを情報源にしていますが、やはりほぼ全員が、オンラインでホモフォビアやトランスフォビアに直面していました。

 

【暴力の被害】
 LGBTの子どもが身体的暴力を受ける確率は、男子と女子で3倍の開きがありました(男子12%:女子4%)。トランスの子どもは、トランスではないLGBの子どもの倍、身体的暴力のターゲットになります(13%:6%)。
 性暴力の経験も、LGBの子ども3%に対し、トランスでは6%です。学校で「殺す」という脅しを受けたことがある子どもは、LGBT全体だと4%、トランスに限ると9%でした。凶器を使った脅迫も、LGBT全体だと1%、トランスでは4%です。


【学校という居場所】
 回答者(LGBT)全体の19%、トランスに限ると33%の回答者が、学校を安全な場所だと感じていませんでした。57%のトランスの子どもは、学校でいじめを受けることを恐れています。また、いじめを受けたことのあるトランスの子どもの68%は、学校でいじめられたことが将来の進学プランに影響したと回答しました。52%のトランスの子どもにとって、学校は楽しい場所ではありません。学校が自分の居場所ではないと回答したトランスの子どもも、同じ割合だけいました。
 回答者全体の20%は、学校がサポーティブないという理由で転校を検討したことがあり、実際に6%が転校しています。なお、理由を限定せず、学校に行けなくなったことがある子ども割合をジェンダー比で見ると、男の子では47%、女の子では53%、ノンバイナリーの子どもでは60%になります。ここでも、ノンバイナリーの子どもの状況はあまりよくありません。

 

自傷・自殺未遂】

 84%のトランスの子どもに自傷経験がありました。同じ数字はトランスではないLGBだと61%です。なお、NHSの一般統計によれば同年代の若者の自傷経験率は10%ほどです。なお、いじめを受けたことのあるLGBTの子どもの自傷経験率は、そうでないLGBTの子どもよりも高くなっていました(75%:58%)。加えて、回答者全体のジェンダー比で見たとき、女子(71%)とノンバイナリー(84%)の自傷経験率が、男子(51%)よりも顕著に高いことが分かります。
 トランスの子どもの 92%が、自殺を考えたことがあると答えました。トランスではないLGBの回答者でも、この数字は70%に上ります。なお、ノンバイナリーの子どもで自殺を考えたことがある回答者は89%。これはやはり、女子(73%)や男子(71%)よりも高い割合でした。

 調査に回答したトランスの子どもの45%に、人生のどこかの時点で自殺を試みた経験がありました。この数字は、トランスではないLGBでは22%です。なお、NHSの一般統計では、13-24歳の少女で自殺を試みたことがある人の割合は13%、同じく少年では5%です。なお、LGBTの回答者全体でみたとき、自殺未遂を経験したことのある子どものジェンダー比は、ノンバイナリー35%、女子25%、男子24%となります。

 また、家庭の経済的事情により無料の給食の支給を受けているLGBTの子どもでは、自殺未遂経験率が40%であり、そうした支給を受けないLGBTの子ども(25%)よりも数字が明らかに悪くなっていました。

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【終わりに】

 調査報告からの抜粋は以上です。ここではトランスの子どもに関わるデータを重点的に抜き出しましたが、レポート自体は45ページあるので、興味がある方はその他のデータも参照してください。

 この報告書では、末尾に学校へのアドバイス・勧告も掲載されています。その内容は、LGBTインクルーシブな教育を行うこと、いじめを防ぐための決まりを作ること、適切な教育ができるスタッフを育てること、親や地域のLGBT組織と連携すること、子どもの話を聞くこと、などです。

 報告書はまた、冒頭から一貫して、トランスの子ども・若者の状況の悪さに繰り返し警鐘を鳴らしています。就学年齢の子どもたちにとって、学校は生活の大きな部分を占める場所です。そんな学校が子どもたちにとって危険な場所となることは、子どもたちにただただ自己否定を教える結果にしかならないでしょう。現にその否定の結果が、希死念慮の高まりや自傷不登校などに数字として表れています。

 この記事の冒頭で書いた通り、この社会は悲しいほどトランス差別的にできています。それは、シスジェンダーの人しか世界にいないことになっており、トランスの人々が制度的・体系的に不利益を受け続けるということです。この記事では、その差別の一側面として、トランスの子どもが「学校」という場所をどのように経験することになるか、という調査データを紹介しました。皆さんのお役に立てたら幸いです。