ゆと里スペース

いなくなってしまった仲間のことも思い出せるように。

2022年の振り返り

 年末までにどうしてもやらなければならないことが終わった。お正月までは、あと論文を直したりゲラを見たり本の最終校を直したりする程度に留めて、温かい服を買いに街にでかけたりしたい。

 2022年を振り返る。

 アウトプットだけみたら、結構いろいろ出した。2月には単著が出た。『ハイデガー 世界内存在を生きる』講談社)。あまり知られていない事実だが、わたしはハイデガー研究者で、ハイデガー研究で博士号をとっている。主著『存在と時間』をとにかく読めるようになりたい人向け、という限定的な読者層を想定した本だけど、2刷も出たし、結構よく読んでもらえているようで嬉しい。本の出版を機にNHK文化センターで特別講座を開いたりした。新しい人と繋がれた。

 10月には、チャプターを1つ書いただけだけど Integrity of Scientific Research: Fraud, Misconduct and Fake News in the Academic, Medical and Social Environment (Springer) という本も出た。研究倫理・研究公正まわりの人たちが世界中から集まって作った。これを出して新聞社さんから取材が来たりもした。

 同じく研究倫理の領域だと『相談事例から考える研究倫理コンサルテーション』(医歯薬出版)も今年の出版だった。コンサル事例も1つ担当したのと、研究倫理の重要概念や研究史についてのコラムも何個も書いた。研究倫理理論が日本語でほぼ全く読めない状況なので、数少ない日本語情報源に貢献できたと思っている。

 はじめての翻訳も出版した。2022年はほぼこの本に捧げた記憶しか残ってない。『トランスジェンダー問題』明石書店)。去年の10月末に翻訳の依頼が来てから、別の共訳書の原稿を仕上げて、査読論文を2本書いて、2月には本も出て、3月中旬に前職の大学から退却して群馬に転居したころにはまだ最初の下訳の10分の1くらいしか終わってなかった。引っ越してから、ろくに段ボールも開けずに翻訳にあけくれた。新年度が新大学で始まってからも、平日も土日もなく、翻訳に全てを捧げた。

 5月5日の誕生日に最初の下訳ができた。そこからもう1周原文と対照させて、脱稿して、ゲラの段階でもう1周原著と照らし合わせて、2校のゲラが終わったのが8月下旬。9月までずっと翻訳を見ていた。本が出てからも、いろいろあり本当に疲れた。

 数年前に、肺の手術をしたことがある。左肺の上部をばっさり手術で切った。手術後、患部の激しい痛みも引いたころ、身体が以前とは変わってしまった事実に気づいた。身体が自分の言うことを聞かない。肺が痛むわけではない。以前のような生活をしていると「くちゃっ」と全身が潰れてしまうようになった。身体を支えている芯に、いくつも急所ができてしまって、以前のように無理をしていると、その急所を押されて、くたっと身体の芯が抜けて、すっからかんの空洞になったように動かなくなるようになった。もちろん、そこから徐々にそういう身体に慣れて今にいたる。

 ぶっ潰れそうな圧力を自分にかけて翻訳を終えて、11月くらい。自分の身体が手術後のような状態になっていることに気づいた。なにか、どこかが痛いとかではなく、身体の芯にひびが入っているような状態。身体の深いところに、疲労が溜まっている。

 同じトランス関係だと、「ちくまweb」の「昨日、なによんだ?」にノンバイナリー関係の書籍の紹介を書かせてもらった。『文藝』の秋号にも、「私」についてのエッセイを寄稿した。どちらも数千字の原稿で、こういうコンパクトな原稿を頭の中でいじっている時間はわたしにとって快感だった。料理をしたり、スポーツジムで運動したりしながら、頭のなかに「下書き保存」してあるファイルを引っ張りだして、ちょっと修正して保存する、というのを繰り返す。論文の執筆でも同じことをするけれど、この手のエッセイでその作業をするのは楽しい。たぶん、庭をきれいにキープするのが好きな人と同じような楽しさだと思う。わたしの頭には書きかけのファイルがいっぱいある。

 あとは、多くの人が関わって作る仕事に少しだけ携わった仕事として『レヴィナス読本』にもちょっとだけ寄稿した。新世代のレヴィナス研究者が総力を結集した。わたしはその末席の末席くらいにいる人間だけれど、とてもよい本に携われて幸せ。

 雑誌の学術論文は、たぶん3つ?出た。2つは研究倫理の論文で、1つは限定するなら医療倫理の論文。わたしもすっかり生命倫理・研究倫理の研究者になってしまった。

 ハイデガー研究の論文をアウトプットできなかったのは残念だ。昨年から大学の常勤研究者になって、ドイツ語の原著をゆっくり読みながら哲学史研究をするペースをうまく作れずにいる。このままペースを取り戻せなくなるのではないか、不安。誤解されないといいが、生命倫理の研究にはそうした「静かな時間」が必要ない。たかだが15ページから40ページくらいの英語の論文を無限にダウンロードして読めば、そのトピックの先端的研究者になれてしまう。そこに流れているのは、とても流れの早い、消費のような時間だ。でもわたしは、ゆっくりとした時間も取り戻したい。

 来年には、ハイデガー研究で執筆した博士論文をベースにした書籍を出版する予定。出版社さんを何年も待たせてしまっている。身体がもつかどうかだけがとにかく不安だが、どうにか出したい。新書を書く話もあるし、ハイデガー研究はもっとちゃんと復帰させないといけない。ちなみに、フェミニズム現象学ハイデガー哲学についての論文は出ることが決まっている。

 学会発表は、いくつしたのかあまり覚えていない。どれを発表に数えればよいのかももう判断がつかなくなってきた。「呼ばれる」機会も増えてきたから。研究者としてはまだペーペーなのに、キャリアだけむやみに進んでしまって、大きな学会の評議員や査読委員を頼まれるようになった。本当はあと数年くらい若手研究者として自分の研究のことだけ考えていたかった。でも仕方ない。望んでここまで来たのだから。ただ、少し疲れている。

 いま、大学院時代から続けているハイデガー研究・レヴィナス研究と、研究倫理学の研究と、トランスジェンダー関係の仕事で、3つくらい掛け持ち状態になっている。研究倫理分野では大きな研究事業にいくつも加わっていて、洒落にならない生活のリソースを割いている。ハイデガー研究をやめたくもないし、やりかけの研究も無限にある。トランスジェンダー関係の仕事も、いまわたしが立ち止まるわけにはいかない。

 とはいえ、この状況をあと何年も続けるのはどう考えても無理だ。これまでは脳の回転数を上げて、メモリを開拓してしのいできたけれど、ここ1年くらいで物理的な限界が近付いている感覚がある。あとは生活の時間を抵当に入れて脳みその稼働時間を増やすしかないけれど、1日は24時間しかないし、結構これも限界が近づいている。

 トランスジェンダー関係の仕事を積極的にするようになってから、いろいろなものを失い、犠牲にした。時間や体力と健康と、オンラインでの安全くらいまでなら失ってもよかったけれど、残念ながら実生活上の安全すらも部分的に失った。ただ、わたしは大学の教員だし、わたしが刺されることはあっても、学生に危険が及ぶことだけは避けなければならない。あまりこういう判断をしたくはないけれど、学生を守るためにそうした判断を迫られる機会は近いのかもしれないとも思う。

 1年だけ過ごした石川県を離れて、群馬県に転居した。石川で友だちになった同僚の先生たち、事務のスタッフさんとも、継続的に連絡をもらったり、お歳暮をもらったりしていて、嬉しい。そういえば、石川の大学にも2回?行った。

 群馬は、石川みたいに雪が積もらないからいい。風は寒いけれど。スポーツジムに行ったりプールに行ったり、温泉に行ったりして、石川にいたときよりも活動的になった。研究と仕事で忙しいけれど、そうして自分の身体と向き合い、ケアする時間を意識的にとるようになったのは成長だと思う。

 群馬はいい。土地が広い。野菜が美味しい。東京にも月平均で3~4回くらい行っているけれど、人は多いし、土地が狭い。お金を払わなければ座って休むこともできない。野菜が高いし、鮮度が悪い。東京の「まいばすけっと」で、小さくて傷んだ野菜を高いお金で買っていた過去の生活には、もう戻れないとおもう。あと何年いまの大学にいるのかは正直わからない。前職は1年で辞めたし、その前の国立がん研究センターも任期をかなり残して1年半で辞めている。ただ、群馬大学に来ることができたのは、わたしにとってとてもよいことだったと思う。

 多くのものを失ったけれど、多くに人と新たにつながる機会を得た1年でもあった。来年からも、こうして繋がった人たちにいろいろなところでお世話になるのだろう。だから、とても疲れたけれど、未来につながるたくさんの繋がりを得た1年でもあった。

 多くのものをアウトプットしたけれど、自分の限界を知った1年でもあった。ただ、少し疲れたかな。